モーゼ計画

2020年7月10日 モーゼ計画 可動式ゲートのゼネラル試運転

モーゼ計画が開始された2013年からは 頻繁に通訳の仕事でモーゼ計画の視察に同行してきました。視察先はモーゼ計画のためにConsorzio Venezia Nuova(CVN)でしたが、汚職事件が起きてからは、ヴェネチア市役所が視察の場となりました。

Consorzio Venezia Nuova (CVN)は、国の事業として、1982年に4つの民間建設会社で構成した民間の会社が設立されました。社名は「新ヴェネチア事業連合」となります。公共事業交通省の外郭的な組織で、高潮・浸食・環境対策を目的とした計画をたて、その計画に基づいて全事業の実施を行っていました。CVNが提案した事業計画は関係省庁で構成した検討委員会が検討、決定して実施するという組織構造になっていました。2014年に汚職が発覚しました。現在は臨時管理委員会がモーゼ計画の運営を行っています。

財政問題や汚職などが原因で遅延が継続するようになってからは、視察の機会も減少してきました。一昨年久しぶりにヴェネチア市役所で行なった視察では、「いつモーゼ計画が終了するかは全く不明で、現時点では財政不足が原因で進行しない」とのことでした。実際、モーゼ計画はあくまでも国主体の事業で、ヴェネチア市役所は関与していないのが現実で、進行状況の詳細は知らされていようです。

2019年11月12日に起きた記録的な高潮による歴史的大惨事が起きた際にも、モーゼ計画の進行状況は把握していず、ブルニャロヴェネチア市長さえも「ヴェネチア市民が新聞で知るのと同様の立場でモーゼ計画の実情を知るのが現実である」とインタヴューで返答していました。

いずれにしても、大惨事の起きた2019年11月12日以前の11月初めから、ほぼ1ヶ月に渡り高潮現象が継続したことも異例のことで、こうした高潮現象の今後の悪化を心配する要因ともなりました。

2020年7月10日に、17年に渡る国家事業「モーゼ計画 (Progetto MOSE)」は、本格稼働の現実を目前にゼネラル試運転を行いました。汚職や財政不足、技術的な問題に突き当たり、遅滞していましたが、昨年の高潮による歴史的大惨事が二度と起きないことを祈り、式典的な要素を踏まえたゼネラル試運転に至りました。メディアにも公開され、コンテ首相から、様々な大臣、ザイヤヴェネト州知事、ブルニャロヴェネチア市長がゼネラル試運転に立ち会いました。

モーゼ計画の基礎情報

モーゼ計画は、2003年に8年で完成する予定で開始しました。電気機械実験モジュールの頭字語(MO.S.E.:MOdulo Sperimentale Elettromeccanico)であり、高潮の問題からヴェネチアを救うために考案されたプロジェクトです。最長29mの独立した78基の可動式ゲートからなる「可動式ダム」のシステムで、ラグーン開口部(リド2つ、マラモッコ、キオッジャ)の海底に配置されます。潮が110cmに達したときに、この可動式ゲートが海底から上昇してラグーンと海の開口部の海水の流入をせき止める「可動式ダム」となる構想で、可動式ゲートは防潮堤の役割を担います。モーゼ計画では、この可動式ゲートで高さ3mまでの潮からヴェネツィアとラグーンを保護し、今後100年間で最大60cmの海面上昇から保護することを計画していました。

3つの開口部リド、マラモッコ、キオッジャ必要に応じて閉鎖する3つの開口部分リド、マラモッコ、キオッジャの中で、最も広いリド開口部は2箇所の開口部に分かれています。21基の可動式ゲートがある北水路と、20基の可動式ゲートがある南水路です。 2箇所の開口部は処理システム設備が配置されている人工島で接続しています。マラモッコ開口部は最も深く、船が産業商業港に通過するため、*船の閘門が建設され予定ですが、問題があり現在は稼動していません。19基の可動式ゲートで構成されています。キオッジャ開口部は、主に漁船と港用の船の通過に使われています。閉鎖中であっても、船の出入りを保証するために、二重閘門を備えた建設が計画されています。18基の可動式ゲートがあります。

※船の閘門:閘門は、水位の異なる河川や運河、水路の間で船を上下させるための装置。閘門の特徴は、固定された閘室(前後を仕切った空間)内の水位を変えられることで、これに対して同じく船を上下させるための装置では閘室自体を上下させる。

2020年7月7日 リド開口部の試運転

7月10日のゼネラル試運転に先駆けて、最も広いリド開口部2箇所の開口部41基の(21基の可動式ゲートがある北水路と、20基の可動式ゲートがある南水路)の試運転が行われました。もし風があったら、全ての可動式ゲートが上がらない可能性も推測されましたが、無事に可動式ゲートは稼働しました。しかし、北水路の6基の可動式ゲートに砂が溜まっていたため海の底に戻りませんでした。原因は可動式ゲートを上げた際に入る砂がすでに存在する砂に追加され、一貫して蓄積し、開口部の海底に位置するケーソンに定着する砂と堆積物の断層となっています。この問題は定期的に発生することが推測されます。これは既に設計段階での欠点に起因するようです。エンジニアは7月10日のゼネラル試運転に向けて、海底に埋まっている土台のコンクリート製ケーソンから少量の砂を取り除くことで、水が「圧延効果」を引き起こすことを期待しました。

可動式ゲートのシステムは常に水中にとどまるように設計されているので、コストは高くなり、少なくとも1億ユーロが必要と推測されています。そして、ヒンジ、バルブ、フィンの一部の腐食など、近年発生した重大な問題を修復するための特別なメンテナンスが必要で、さらに1億ユーロも推測されています。実は、前日午前7時にこの41基の可動式ゲートの試運転は始まったのですが、強風で妨害され、司法長官庁条例によって中止となりました。

可動式ゲートの上げ下げの時間の試験も行いました。可動式ゲートを持ち上げるのに12分、下げるのに20分でした。また停電を避けるための試験でした。主な心配は、2019年11月の高潮で起きたように、可動式ゲートの持ち上げの段階で電力が遮断され、上がらないことです。可動式ゲートが突然凍結して落下して危険な結果をもたらす可能性があることです。エンジニアのディレクターと7人のエンジニアのチームは、可動式ゲートの発電機接続を2時間半維持しました。

一貫して蓄積している砂と堆積物に大きな問題以外に他の問題が残っています。モーゼ計画の多くの未解決の問題の中に、マラモッコの船の閘門問題もあります。 2003年にヴェネチア市が防衛から独立した港湾活動にするために委託した費用は3億3000万ユーロでした。2015年の嵐によって被害は、船のアクセスの閘門が破壊され、使用できなくなりました。現在閘門がないため、水位が高い場合、可動式ゲートで閉鎖しても、閘門から潮が入る可能性があります。

いずれにしても、さらに4500万ユーロで修理されたマラモッコの閘門は、最新世代の船では使用できません。これは最新世代の船を収容するには小さすぎる設計測定の誤りとされました。 キオッジャの閘門も同様です。可動式ゲート閉鎖時に漁船の避難所として機能しますが、この場合も閘門が欠落しており、可動式ゲートで閉鎖した場合、漁船は避難所がなくなってしまいます。 

前回の県会合で決定したタイムスケジュールでは、今年の秋に緊急事態が発生した場合、可動式ゲートを持ち上げる準備ができていなければなりません。そして完成した状態で2021年12月31日までに新しい行政機関に引き渡される必要があります。ただし、昨年の歴史的な2019年11月12日のような荒海と強風の条件下で、いまだモーゼは試運転されていません。

2020年7月10日 試運転

モーゼ計画の特別委員であるエリザベッタ・スピッツとトリベネートの公共事業の管理者、そしてコンテ首相はじめ、さまざまな大臣、ザイヤ ヴェネト州知事、ブルニャロ ヴェネチア市長が参加して、「今秋稼働」を前提にゼネラル試運転を行い、メディアにも公開されました。

リド開口部の人工島の管理室でコンテ首相は、「モーゼの門(可動式ゲート)」を上げるための試運転を開始するボタンを押しました。そして、78基すべての可動ゲートが約1時間以上かけて稼働しました。78基の可動式ゲート全体が稼働し、リド、マラモッコ、キオッジャの3つの港湾で持ち上がり、ヴェネチアのラグーンをアドリア海から分離しました。

全ての可動式ゲートが持ち上がり、今回の試運転は無事終了と幕を閉じましたが、実際は多くの問題が残っています。前述した試運転で下がらなかった6基の可動式ゲートの問題はそのままです。 5月の下旬に、マラモッコとキオッジャの試運転で同時引き上げが行われたとき、トレポルティの可動式ゲートに腐食の問題があることも確認されました。

長年水中に保管され、メンテナスを行っていない黄色の可動式ゲートは、特定の塗料の外部保護の機密性の喪失により、多大な汚れが検出されました。水中での腐食はこれまでメンテナンスを行っていないことが原因で、修理する必要があります。これは例の下がらない問題を抱えた6つの可動式ゲートの砂や堆積物同様で、メンテナンスは定期的に行う必要があります。

当初は、特別なボートを使用してメンテナスを行う予定でしたが、コストが高すぎたようです。また、汚泥を移動することは、ヴェネチアのラグーンでは、法律によっても問題となります。

また、可動式ゲートを持ち上げる鋼製のヒンジのコネクタアセンブリに現れた錆は、臨時管理者が昨年の別の34百万ユーロの入札を禁止することにつながり、腐食現象のあるヒンジの製造に使用される材料を検討しなければなりません。

雨や強風の悪天候でも稼働するのか、常に悪化していく腐食や砂・堆積物のメンテナスの問題、マラモッコとキオッジャの船の閘門の問題が解決していません。こうした様々な問題を抱えた現状で、素人の視線からも、今秋の確実な稼働は不可能だと思われます。

去年のような大雨や強風の悪天候が伴った場合でも、稼動できないのであれば、ヴェネチアの島々やラグーンを果たして防備できるのでしょうか?様々な環境下で稼動可能な事を確認する必要があるのではないでしょうか。例えば、悪天候における試運転もせず、大雨や強風の下、稼働した場合、さらなる惨事を起こしかねないのではないでしょうか。こうした考えは、昨年の大惨事を知る地元のヴェネチア人たちが考慮し、心配している事です。
 

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