Bassano del Grappa バッサーノ・デル・グラッパ

ヴェネチアから普通列車で所要1時間40分

北イタリアに大きく広がるポー平原の北東に位置するこの町の中心にはブレンタ川が流れ、背後にはD.O.Pチーズの産地として有名なアジアゴ山とこの地の名の由来でもあるグラッパ山があります。ブドウの絞り粕を発酵し蒸留させてつくるアルコール度の高いお酒グラッパ。本来の町の名の由来はこのお酒のグラッパからではなく、グラッパ山のふもと「バッサーノ」という意味からきています。北イタリアの有名な陶器生産地のうちの一つでもあります。

中世に街がつくられ、農業や工業で中規模の都市国家でした。18世紀にナポレオンがアルプスを越えてイタリア半島を侵略した際にしばらく滞在していたそうです。近代に入って第一次世界大戦中には激戦地となり、多くの建造物が破壊されました。街の名の由来でもあるグラッパ山で数千の兵が命を落としました。歴史を留める為にバッサーノ・ヴェネトと呼ばれていた町は、バッサーノ・デル・グラッパに改名されました。この時のイタリア軍には著名な作家アーネスト・ヘミングウェイが従軍していました。この戦争の体験が名作「武器よ、さらば」を生みました。ヘミングウェイは救急車両の運転手をしていたそうです。第二次世界大戦でも戦場となり多くの被害を受けましたが、住民の強い気持ちで街が再建されました。

バッサーノのシンボルは、ブレンタ川にかかるルネッサンスの大建築家アンドレア・パッラーディオが設計した木製の屋根付き橋「アルピーニ橋」です。この橋から視界に広がる風景には、川の背景にアジアゴ山とグラッパ山が連なり落ち着いた静けさと穏やかさがあります。川に面した壁面にはナポレオン戦争時代の弾痕が生々しく残っています。橋のたもとには、この地域グラッパの有名メーカーであるバルトロ・ナルディーニのバールがあります。店内に素気なく置かれたテーブル、またカウンターや店先に座ってグラッパを味わうことができます。ヘミングウェイもしばしばこのバールを訪れグラッパを味わったそうです。この近くにはグラッパ博物館があります。サンフランチェスコ教会が街の中心の広場にあり、グラッパや陶器が並び、落ち着いたたたずまいの街となっています。

極上のホワイトアスパラ。バッサーノのアスパラは、イタリア国内で唯一D.O.Pに指定されています。収穫量も限られており、近隣の町の市場にも出荷されることもないほどの大変希少価値の高い野菜です。この時期だけの特別メニューとして、町中のレストランではアスパラを味わえます。ここバッサーノのトラディショナルは、ゆで卵を添えたホワイトアスパラ。茹でた柔らかく太いアスパラに、刻んだゆで卵に塩、コショウ、オリーヴオイルを混ぜたものをソースがわりにして頂くのです。特に穂先部分のアスパラの甘さは格別。アスパラのほんのりとしたほろ苦さと甘味が口いっぱいに広がります。シンプルかつ贅沢な一皿です。4、5月がホワイトアスパラの季節です。

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