2014年 シチリア

2014年は何と5回もシチリアに滞在しました。3月と11月は仕事、4月、6月、8月はヴァカンスで。地元シチリア人に案内してもらいながら、シチリアならではの歴史、自然、文化、食文化を満喫しました。
この地を訪れて、その魅力に圧倒されるのが歴史、景色、そして食の文化。
シチリアを思い出すと、雄大な風土と碧い海のシチリアの景色が思い浮かびます。オレンジ、レモン、オリーブ、アーモンドの木々が並ぶ風景。そして何と言っても、シチリアの郷土料理は、地中海でとれるマグロ、かじきまぐろ、いわし、ウニなどの海の幸、太陽の恵みを受けた野菜やフルーツを使った料理です。 そして、歴史は奥深く、幅広く、古代ギリシャ、カルタゴ、ローマ、アラブ、ノルマンなど、この島を支配した各時代の文化が今日まで色濃く残り、まさに遺跡と歴史の宝庫がシチリアなのです。
素朴なシチリア人独特の「もてなし」は、イタリアでもシチリア人を語る際に、語られる文化です。エトナ火山と海の眺望がすばらしいリゾート地のタオルミーナから、世界遺産に登録されたカターニア、シラクーサ、アグリジェント、ピアッツァ・アルメリーナ、ヴァル・ディ・ノートの街々、エオリエ諸島があります。歴史、文化、風景、もてなし、食と、幅広く人々を魅了するのがシチリアです。

面積25,708k㎡ / 人口 約510万人 / 州都 パレルモPalermo / 行政区 9県

<地理・歴史・産業>
シチリアは地中海全体で見るとほぼ真中に位置する最大の島です。北部はティレニア海、東部はイオニア海、南部は地中海に囲まれています。平野部は山岳、丘陵地帯で、エトナEtna山を中心に、活火山が点在します。 今日も多くの遺跡が点在し、紀元前からギリシャ世界との関係が深く、その後他の南イタリアの地方同様アラブ人、ノルマン人勢力に支配されます。その後、アンジュー家による支配下に入るまでは、パレルモを中心に南イタリア王国として発展しました。そしてスペイン領土として約300年を経てブルボン家の統治となりました。1860年にイタリア王国軍が上陸しました。
地中海に囲まれたシチリアは漁業が盛んである一方で、柑橘類の栽培も国内生産高の6割以上を占めるそうです。シチリア各地に古代からあらゆる民族の影響を受けた証の遺跡や文化遺産を多く残し、イタリア本土とは一風異なった地理的、気候的な要素と重なって島全体に国内外から大勢の観光客が訪れる一大観光地として存在しています。

島全体を北部から西部の地域、東部沿岸地域、そして中央部から南部にかけての大体3つの地域に分けてみました。交通はイタリア各地から島の主要な都市を結んだ航空便が頻繁に出ているほか、カラブリア州からメッシーナ海峡を鉄道で(列車ごと船に乗る)渡ることもできますが、飛行機で到着するのが最も便利です。

<パレルモPalermoを中心とした北部から西部>
パレルモ
州都であるパレルモは、もともとフェニキア人によってつくられ、その後ローマ、アラブ、ノルマンの手に渡ってからも常にシチリアの中心であり、大いに発展し続けました。今でもその当時のイスラム文化の影響が残り、他のシチリアの都市と同様、半島部のイタリアの諸都市とは全く違った趣向があります。

西部地域
最高級の塩の生産でも有名なトラパニTrapani、世界的に名高い食後酒を生産するマルサラMarsala、イスラム勢力がシチリア進出の足がかりとしたマッザーラ・デル・ヴァッロMazara del Vallo、シチリア最古の温泉地のあるシャッカSciaccaと、個性豊かな街が海岸沿いに続くきます。

<東部沿岸地域>
カターニアCataniaを中心に北はメッシーナMessina、南はシラクーサSiracusaまでの海岸地域で、ある意味でシチリアの醍醐味が味わえる地域とも言われています。
カターニア、エトナ山、タオルミーナ、メッシーナ
国際空港もあるカターニアCataniaの町は、シチリア第二の都市で、ギリシア植民地としては最も早い時期から入植が始まり、イスラム社会の時代にも大発展しました。その後1669年のエトナEtna山の大噴火と、続く大地震で殆ど壊滅した。それ故、現在の町は17世紀以降修復、再建されたバロック建築が中心になります。街の北側にそびえるエトナ山はヨーロッパ一の活火山で、今日も休むことなく大小の噴火を続けています。2000年からは、再び活動を活発化させているので、火口見学は難しいが、長距離リフトなどの見学施設も整備されており、訪れる人は後を絶たないそうです。エトナを挟むようにして、北側にはパレルモに次ぐ観光地として人気のあるタオルミーナTarminaがあり、最大級の規模といわれるギリシャ劇場でも有名です。本土と結ぶ北東の玄関口メッシーナMessinaはノルマンの時代から16世紀にかけて地中海貿易の拠点として大いに栄えました 。

シラクーサ
紀元前の地中海世界ではシラクーサSiracusaの名はアテネと並べて称されるほど重要な土地でした。ギリシア植民地として早くから発展したこの町はローマの手に落ちてから衰退しましたが、その後のイスラム勢力下においては力を取り戻しました。カターニアと同様幾度の天災に見舞われ、現在の街並みは主に17世紀以降のものです。かつての劇場跡や、考古学博物館など、パレルモ同様価値あるものが多く保存さています。。

<中央部、南部>
カルタニセッタ、エンナ
シチリア島のほぼ真中に位置するこの地域は、海岸線の都市とは異なった趣があります。 比較的11世紀頃からと発展が遅く、カルタニセッタCaltanissettaと比べ、エンナEnnaの歴史は古く、シチリア先住民のシカニ人、シクリ人の町として栄えたそうです。昔から現在に至るまで島内の穀倉地域として有名です。

<アグリジェント、ジェラ、ラグーサ>
南部の主要3都市
アグリジェントAgrigentoはギリシャ植民地としては後期のもので、小高い山の上からはアフリカへと続く地中海が一望できます。市内は大きく古代と中世以降の町並みに分かれ、各時代の遺跡、博物館などが整備されています。更に海岸線に南下したジェラの町も古代ギリシャ植民地時代の名残をとどめています。ラグーサRagusaは紀元前3000年まで遡る歴史があり、考古学博物館にまとめられて当時を良く垣間みることができます。現在の町は17世紀末の大地震後、整備されたスーペリオーレSuperioreと呼ばれる地域と古代から発展して、地震の後再建されたイブラIbraの地域に分かれます。