ヴェネト州 中世の街巡りとプロセッコワイナリー

- マロスティカ

- バッサーノ・デル・グラッパ

- アーゾロ

- ヴァルドビアーデネ 「プロセッコの道」 プロセッコワインナリー訪問

ご希望に応じて、現地の公認ライセンスガイドがご案内差し上げます。

  

マロースティカ(Marostica)

人口約1万4000人の街で、2年に一度「人間チェス」が行われることで有名です。一方でサクランボの産地としても有名です。中世からヴェネチア共和国下にはいり、その時代に建設された城壁に囲まれた中世の街並み全体が、丘上の中世のお城(カステッロ・スペリオーレ)から見渡せ、まるで中世にタイムスリップしたようです。街の中心のお城(カステッロ・インフェリオーレ)のあるカステッロ広場では「人間チェス」が行われます。偶数年の9月第2週の週末に歴史的な服装を身に付けた人々がチェスの駒を演じる「人間チェス」が行われます。

500人以上の参加者が貴族、馬に乗った騎士、職人、市民の衣装など当時の歴史的衣装を着用し、花火も打ち上げられて盛大に行われるイベントです。チェスの駒を動かす指示は歴史にちなんでヴェネチア共和国時代の言語で行われそうです。会場となるカステッロ広場は「チェス盤」が地面に描かれています。「人間チェス」は15世紀に行われた対戦に由来すると言われていますが、実際は1923年地元のチェスクラブのメンバーが街の広場で行ったことに始まるそうです。そして1954年喜劇作家がマロースティカの城主の娘に求婚する2人の若い貴族の物語を書き、この物語の筋書きに沿い、イベントとしての「人間チェス」が初めて行われたそうです。このイベントは成功を収め、世界のメディアにも広く報じられるようになり「人間チェス」は世界のいくつかの都市でも実演紹介されました。日本の山形県天童市は1989年にマロースティカと姉妹都市になり「人間チェス」と「人間将棋(天童)」の縁により1983年から交流が開始されています。

 

バッサーノ・デル・グラッパ(Bassano del Grappa)

北イタリアに大きく広がるポー平原の北東に位置するこの町の中心にはブレンタ川が流れ、背後にはD.O.Pチーズの産地として有名なアジアゴ山とこ の地の名の由来でもあるグラッパ山があります。ブドウの絞り粕を発酵し蒸留させてつくるアルコール度の高いお酒グラッパ。本来の町の名の由来はこのお酒の グラッパからではなく、グラッパ山のふもと「バッサーノ」という意味からきています。北イタリアの有名な陶器生産地のうちの一つでもあります。

中世に街がつくられ、農業や工業で中規模の都市国家でした。18世紀にナポレオンがアルプスを越えてイタリア半島を侵略した際にしばらく滞在していたそうで す。近代に入って第一次世界大戦中には激戦地となり、多くの建造物が破壊されました。街の名の由来でもあるグラッパ山で数千の兵が命を落としました。歴史 を留める為にバッサーノ・ヴェネトと呼ばれていた町は、バッサーノ・デル・グラッパに改名されました。この時のイタリア軍には著名な作家アーネスト・ヘミ ングウェイが従軍していました。この戦争の体験が名作「武器よ、さらば」を生みました。ヘミングウェイは救急車両の運転手をしていたそうです。第二次世界 大戦でも戦場となり多くの被害を受けましたが、住民の強い気持ちで街が再建されました。

バッサーノのシンボルは、ブレンタ川にかかるルネッ サンスの大建築家アンドレア・パッラーディオが設計した木製の屋根付き橋「アルピーニ橋」です。この橋から視界に広がる風景には、川の背景にアジアゴ山と グラッパ山が連なり落ち着いた静けさと穏やかさがあります。川に面した壁面にはナポレオン戦争時代の弾痕が生々しく残っています。橋のたもとには、この地 域グラッパの有名メーカーであるバルトロ・ナルディーニのバールがあります。店内に素気なく置かれたテーブル、またカウンターや店先に座ってグラッパを味 わうことができます。ヘミングウェイもしばしばこのバールを訪れグラッパを味わったそうです。この近くにはグラッパ博物館があります。サンフランチェスコ 教会が街の中心の広場にあり、グラッパや陶器が並び、落ち着いたたたずまいの街となっています。

極上のホワイトアスパラ。バッサーノのアス パラは、イタリア国内で唯一D.O.Pに指定されています。収穫量も限られており、近隣の町の市場にも出荷されることもないほどの大変希少価値の高い野菜 です。この時期だけの特別メニューとして、町中のレストランではアスパラを味わえます。ここバッサーノのトラディショナルは、ゆで卵を添えたホワイトアス パラ。茹でた柔らかく太いアスパラに、刻んだゆで卵に塩、コショウ、オリーヴオイルを混ぜたものをソースがわりにして頂くのです。特に穂先部分のアスパラ の甘さは格別。アスパラのほんのりとしたほろ苦さと甘味が口いっぱいに広がります。シンプルかつ贅沢な一皿です。4、5月がホワイトアスパラの季節です。

 

アーゾロ(Asolo)

丘陵地帯に位置している人口10万人に満たない小さな街です。古代ローマ人が既に街づくりを行い、その後中世を中心に今日の街がつくられました。アーゾロが世界に有名なのは、多くの著名人がこの町を愛したからです。16世紀のヴェネツィアの文学家ピエトロ・ベンボ、画家のジョルジョーネ、キプロス王女カテリーナ・コルナーロ、19世紀のイギリスの詩人ロバート・ブラウニング、女優のエレオノーラ・ドゥーゼ20世紀の女流作家フレイヤ・スタルクなどがその代表的な人物達です。このようにアーゾロは観光の面で大きな魅力をもっています。ポルティコ(アーケード)が街の至る所にあり、均整のとれた広場、狭い路地が作り出す中世の町並み、古い工房やこの地方独特の居酒屋のにぎわいが特徴です。こうした雰囲気が訪れる人たちを魅了しています。文化的にも重要な建物が多く残っています。アーゾロの街を眺められる古い要塞のある丘、キプロス王女の城、聖堂、市立博物館には古代ローマ時代の発掘物、そしてエレオノーラ・ドゥーゼの私的収集物などがあります。

アーゾロでは年中様々なイヴェントが行われています。特に春と秋はこの町を訪れるのに最適なシーズンです。春は文化週間とマルチヴィジョンフェスティバルが行われます。夏は音楽の季節で、ジャズ週間、フォークロアフェスティバル、クラッシック音楽祭が行われます。秋は中世のお祭りパリオや「農業の日」には「農作物を祝う」お祭りがあります。それ以外にも、一年中毎月第2週 末にはアンティーク市が並びます。その他、手工芸品を扱う古い工房を見てまわるのも楽しいですし、アーゾロならではの居酒屋で地元のワインを味わってみるのも興味深いものです。お土産としては陶器と織物の質の高さは有名で各工房が自慢の品を作っています。

 

ヴァルドッビアーデネ(Valdobbiadene) 「プロセッコの道」 

コネリアーノ(Conegliano)からその北西に位置するヴァルドッビアーデネ(Valdbbiadene)にかけて発泡性白ワインプロセッコの名産地です。そこには見事なぶどう畑が広がり、美しい景観が眺められます。この2つの町の間に「プロセッコの道(La starda del prosecco)」があります。ヴァルドッビアーデネに近いサン・ピエトロ・ディ・バルボッツァ(San Pietro di Barbozza)の町はプロセッコの内でもとりわけ最上の品とされるカルティッツェを産する一帯の中心です。