バッサーノ・デル・グラッパ とグラッパ醸造所、プロセッコワイナリー訪問

- バッサーノ・デル・グラッパ  中世の街の観光

- バッサーノ・デル・グラッパ  グラッパ醸造所訪問

- ヴァルドビアーデネ プロセッコワイナリー訪問

ご希望に応じて、現地の公認ライセンスガイドがご案内差し上げます。

 

バッサーノ・デル・グラッパ

北イタリアに大きく広がるポー平原の北東に位置するこの町の中心にはブレンタ川が流れ、背後にはD.O.Pチーズの産地として有名なアジアゴ山とこ の地の名の由来でもあるグラッパ山があります。ブドウの絞り粕を発酵し蒸留させてつくるアルコール度の高いお酒グラッパ。本来の町の名の由来はこのお酒の グラッパからではなく、グラッパ山のふもと「バッサーノ」という意味からきています。北イタリアの有名な陶器生産地のうちの一つでもあります。

中 世に街がつくられ、農業や工業で中規模の都市国家でした。18世紀にナポレオンがアルプスを越えてイタリア半島を侵略した際にしばらく滞在していたそうで す。近代に入って第一次世界大戦中には激戦地となり、多くの建造物が破壊されました。街の名の由来でもあるグラッパ山で数千の兵が命を落としました。歴史 を留める為にバッサーノ・ヴェネトと呼ばれていた町は、バッサーノ・デル・グラッパに改名されました。この時のイタリア軍には著名な作家アーネスト・ヘミ ングウェイが従軍していました。この戦争の体験が名作「武器よ、さらば」を生みました。ヘミングウェイは救急車両の運転手をしていたそうです。第二次世界 大戦でも戦場となり多くの被害を受けましたが、住民の強い気持ちで街が再建されました。

バッサーノのシンボルは、ブレンタ川にかかるルネッ サンスの大建築家アンドレア・パッラーディオが設計した木製の屋根付き橋「アルピーニ橋」です。この橋から視界に広がる風景には、川の背景にアジアゴ山と グラッパ山が連なり落ち着いた静けさと穏やかさがあります。川に面した壁面にはナポレオン戦争時代の弾痕が生々しく残っています。橋のたもとには、この地 域グラッパの有名メーカーであるバルトロ・ナルディーニのバールがあります。店内に素気なく置かれたテーブル、またカウンターや店先に座ってグラッパを味 わうことができます。ヘミングウェイもしばしばこのバールを訪れグラッパを味わったそうです。この近くにはグラッパ博物館があります。サンフランチェスコ 教会が街の中心の広場にあり、グラッパや陶器が並び、落ち着いたたたずまいの街となっています。

 

ヴァルドッビアーデネ(Valdobbiadene) 「プロセッコの道」 

コネリアーノ(Conegliano)からその北 西に位置するヴァルドッビアーデネ(Valdbbiadene)にかけて発泡性白ワインプロセッコの名産地です。そこには見事なぶどう畑が広がり、美しい 景観が眺められます。この2つの町の間に「プロセッコの道(La starda del prosecco)」があります。ヴァルドッビアーデネに近いサン・ピエトロ・ディ・バルボッツァ(San Pietro di Barbozza)の町はプロセッコの内でもとりわけ最上の品とされるカルティッツェを産する一帯の中心です。